生きづらさの正体

海岸で両手を広げている女性

みなさん、こんにちは。

最近、周りを見ていて思うことがあったので綴りたいと思います。


日本にもまだ色濃く残る男尊女卑の意識や、身近な人または有名人の、年齢や性別、見た目に関する差別的発言に、過剰に反応してしまって、常に怒りの「負」のエネルギーをまとっている人がちらほら…

もちろん、間違ったことに「それはいけない!」と声をあげるのは大事です。人の声が集まってはじめて古い制度が変わっていくこともあります。

でも、日常レベルにおいては、結論「影響されなければいいだけ」。

・〇歳だからこれができない。
・〇〇だからこれを諦めないといけない。
・結婚してないから〇〇。
・○○だから結婚できない。
・他人の年齢や性別、ルックスに関するコメントにいちいちネガティブに反応してしまう。

(あとは少しづれるけど「これだけ稼いでないとダメ」、というお金に関する自分や他人への条件付けなんかも)

本当に年齢や性別など関係なく好きなように生きられると自分が心から思っていれば、政治家や他人のちょっとした発言もそこまで気にせず、自由に過ごせているはず。

実はそういった制限された考え(self-conditioning)を一番に抱えているのは、自分なのでは?
「なぜそんな差別的なことを言うのか!これだから日本(または男)は!」と怒るより、なぜ自分がそういった発言にトリガーされてしまうのか、の方に目を向けてみた方がいいのかも?と思ったりします。

というのも、私もかつては日本はいまだにその辺に関しては古い価値観の国だし、勤労倫理が厳しくて奴隷のように働かされるし、日本に帰りたくないとか思ってた時があったのですが、日本にいてもそういったものに「影響されずに」自由に生きられることに気づいたのです。

日本的な働き方が合わなければ、働きやすい会社を探す、またはフリーランスになればいいだけ。
差別的な考えをする人が身近にいても、嫌なら離れればいいだけ。影響されなければいいだけ。
自分の生きたい人生を自分でクリエイトすればいいだけ。
環境のせいにしてはいけません。

これは私がミステリースクールで形而上学という本物のスピリチャルの学びを進め、自分を縛り付ける考えや価値観を取り外していき、自由で美しく生きる魔法使いの先輩方を身近でじーっと観察したりして、じわじわと感じてきたことです。いろいろ悲観視されている日本だけど(しかもコロナでなおさら)、幸せに生きることってできるんだー!って。それは、決してお金をたくさん持っているとか、元が美しいから、成功しているから、結婚しているから、とかそういうことではありません。理由はただひとつ。

自由だから!

全く同じ国、時代、状況下でも、(年齢、性別、お金の有無関係なく)全く違う世界線を生きることができるんですよね。

ただ、こういった自分を縛り付ける考えというのは、手放してから初めてその存在を認識できたりするので、なかなか自分がそれに苦しんでいることに気づかなかったりします。箱の外に出てはじめて自分が狭い空間にいたことを知る、みたいな。

私も「もっと自由になっていい」とか言われても、「好きな時に食べて寝て、好きな事勉強してるし、行きたい場所に行けるし、すでに自由ですけど?」とか思って、本当の自由の意味がよくわからない時がありました。でも本物のヒーリングや形而上学の学びに出会って、物質的な次元を超越して生きやすさを実感してはじめて自分が固定概念に縛られていたことがわかりました。

ちなみに私がそういった古い価値観を1番はじめに手放していけたのは、キングソロモン・ヒーリング・モダリティ(KSHM)でしたよ。でもその前にやっぱりDNAアクティベーションからのアデプトプログラムですかね!これは、周りに左右されず、自分の軸を太く保っていくためには必須。しかも、ただの自分じゃなくて、「本当の自分」=「神の意志と直結している自分」、すなわち「自分の使命を知っている自分」。

…と偉そうに語ってしまいましたが、私も「社会的な不誠実さ」というところにトリガーされて怒りを感じてしまったりするので(言論統制など)、まだまだ修行が足りませぬ🥺笑 結局、自分ではどうにもならないことにエネルギーを注ぐのはもったいないのです。だったら、そのエネルギーを自分の内側と外側に磨きをかけるところに費やした方がずっといいし、その方がもっと魅力的になりますよ♪(自戒も込めて)

お互い、自由でしあわせに生きましょうねー!

最後まで読んでくださりありがとうございます。